Get off the ground !!

萩ゼミ受験生の皆さん、こんにちは。 

15期ゼミ代表の吉田龍太郎です。ヨッシーと呼ぶなと宣言した小5のころからは、よしりゅーと呼ばれています。昨日をもちまして一介のOBとなったのに何で書いてんですかという感じですが、エイプリルフールだし許されるっしょ。ついでに自分のこと僕とか呼んじゃいます。

いよいよ明日が選考当日という時期なので、その話題を中心にしていこうと思います。自己紹介的なものは去年書き尽くした感があるのと、そのせいで受験辞退が発生したりすると困るので、リンクを貼る(昨日会った同期の子は、それもやめたほうが・・・と言ってたけれど(笑))だけにしておきます。

http://hagisemi08.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-4ff7.html

で、いきなり脱線ですみませんが、2年前は上記記事の少なくとも2倍くらいはぶっとんでいたらしく、2/23日の記事を書いた男などは、「思想は急進派、手法は過激派みたいな目をしていた」といった感じのことを証言しています。しかしそんな僕が、今ではこうしてしごくまっとうな、まことにためになるブログを書いていると(笑マークをつけたら負けなのでつけるもんか)。そんなわけで、萩ゼミに入って変わった人ランキング(仮)においては 脱・直帰ガールの中井とトップ争いをしていました。ありがとう萩ゼミ。。 

2年前の入ゼミの時は、僕を入れるかどうかで最後までゼミ生の意見が紛糾したと聞いています。2次の時の話だそうです。ちなみに1次も受けてました。1次の時はさぞやすんなりと落ちたのでしょう(笑)2次では、おそらく最後のとこで先生に助けられたのではないかと思っています。

受験前にこんな話も何なんですが、萩ゼミは1次と2次両方受けることができます。、同期でもおれともう一人再挑戦組(?)がいて、しかも結局一人はゼミ代に、もう一人は影のゼミ代みたいなのになりました。だから僕のことはまあ天皇または鳩山って呼んでください。

で、僕みたいによほど人間がやばそうとか、または(これは僕じゃないですけど)「絶対に合宿には行きたくありません」とか言っちゃったというのがなければ(つまり、「論外」に分類されなければ)、リスクを背負ってわざわざ2回目来てくれたという点は当然印象に残ります。面接の手法も若干変わるので、前回は出せなかった自分が出せるかもしれません。もちろん、2回来たから受かるというようなニュアンスでは断じてないのですが、1回目落ちたわけだしどうせ同じ人が選考するわけだし2回目なんて無理に決まってる・・・ということはないということは知っておいてほしいと思います。ラピュタという映画でムスカというかっこいい人が「うろたえるな」と言ってましたが、まあそういうことです。

2次募でもウェルカムみたいにも読める募集要項の中、あえて1次で来てくれた皆さんというのは、基礎や演習や著作を通して萩原先生に惹かれたとか、現象を論理的に分析したいとか 社会問題に対して倫理的な論考を加えたいとか、物事を哲学的に正確に把握したり伝えたりしたいとか、等々ゼミの内容面でも熱い思いを持った方でしょうから、その初心を大事にしてほしいと思いますね。

さて、普通の話に戻しますが、ディベートのほうはともかく、面接のほうというのは、基本的な態度とか、ゼミに何が貢献できるとかいう硬い部分に加えて、ゼミの雰囲気やゼミ員とのコミュニケーションでなじめるかというソフトな部分もけっこうな要素だと思いますので、まあ、俺も萩ゼミだとでもいうような気持ちで前向きに来るのがいいんじゃなかろうかと思います。

何と、普通の話がわずか5行で終わってしまったので雑談します。試験終わってからにでも見て下さい。晴れて入ゼミを果たした後の話ってことになるのかな。

こないだ、追いコンのあと朝まで歌って、卒業式のあとも一晩中一緒にいたのににもかかわらず、何人かで秋葉原で遊んできました。フィギュア見てて思ったのは、これで萌えるという人々と、そんなら生身の中高生でいいじゃんと思った俺(僕って言うとなんかあまりにそれっぽくなるのでやめます)とどっちがいやがられるのだろうかと。その時いた女子(2人だけでしたけど)に聞いたら半々でした。

そんな萩ゼミには、ばらばらなように見えてけっこうどこかしら通じ合える人々が入って来ているようです。自分たちの期は、けっこう仲良くなるのに時間がかかった気がしますが、今思うと不思議なくらいです。これならはじめからいっててもいけたんじゃないかみたいな。

つまりは、僕の分析では萩原ゼミは別名ツンデレラゼミです。ひいててだめなら押してみましょう。いわゆる新自由主義者の僕とは思想信条的には最も強力なライバルの一人と思われる鎌田實先生が、空気は読むもんじゃなくて作るもんだという、とてもいいことをおっしゃっています。僕としては、別に作るとかまで気負うなって・・とも思うところですが、読まないのが大事というのはその通りです(僕には、そもそも読めてるのかという疑惑はありましたが(笑)自分としては、読めてるし誰にどう嫌われてるかまで分かってるけど我慢できない みたいなところです。)。まあそんな気持ちで積極的にいってみて下さい。いきなり花見行っちゃうとかさ。

ともかくも、皆さんの充実した萩ゼミ生活を祈っています。

※萩原ゼミの皆様へ:更新が遅れてすいません。俺が止めている間に、残りの15期だった人たちは働き始めてしまったので、とりあえず締めときました(笑) このあとブログ書きたい人や連絡事項のある方ははご自由にどうぞ。

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Sapere aude!!

更新が遅れて申し訳ございません。
昨年と全く同じく、松村さんからご紹介にあずかりました、現在修士2年の川端と申します。

博士課程への進学は断念し、来年度からは一社会人となりますので、もしこのBlogを読んで下さる現学部2年生の方がいるとしても、直接ゼミでお会いすることはないのが残念です。

ですので、実は、ここで私が自己紹介をしても、(あのゼミにはどんな人がいるのかな、という材料として)あまり参考にはならないでしょうし……では、どんなことを書けば、この駄文の読者の方にとって――萩ゼミに入りたいと思っているから、その参考になるようなことを求めている新3年生にとって――少しでも有益な情報を提供できるのかしら、と考えてみても、パッと思いつくのは、そう、入ゼミ対策というようなことなのだけれど、それも実は去年既に書いています。HPからのリンクは既に切れているし、検索ワードをあれこれかえてググッてみてもなかなかヒットしないので、もうちょっと時期的に遅いかなとは思いますが、一応以下にリンクを貼っておきます(これは私の書いた記事への直リンですが、無論、そこから他の人の記事へも飛べます)。

萩原研究会blogーゼミ内に境界線は、ありませんー「8番。チキンのピエロ(K)」

ヘェ、こんなこと書いてたのカ! と――過去の自分の筆跡(ふであと)というのは、さながら、伸び過ぎたために切り落とした爪先や髪の毛の残骸のような不気味さが憑き纏っていて――まるで他人事のように呆れつつも、それでもやはり、他ならぬ「自分」が書いたという事実からの逃れられなさが、この上なく恥ずかしいものですが、そうでなくとも、実は、昨年書いたこの文章、コメント欄を見ればわかるように、萩原先生から「繰り返しの多い、無駄な長文」「悪い論文の見本みたい」とお叱りを受けており、あまり人に見せられたものではない(苦笑)。

ただ、にもかかわらず、そこには今読み返しても十分に耐えうるものも少なからず含まれていると思いますし、実際、新4年生のゼミ生幾人かからは私の記事を読んで参考にしてくれたという嬉し恥ずかしな報告もありましたので、興味のある方は覗いてやって下さい。(本当は、アップデートしなきゃいけないように思われる部分もちらほらあるのだけれど、まァ、もともとがゼミの公式見解というより私個人の一意見に留まるものなので、どうか怠惰にご寛如を)

……さて、そうすると、何書けばイイのかな?

いかんせん、もう3月も半ばを過ぎたこの時期ですし、このブログがもつ「勧誘」としての意味合いもほとんど意味をなさないでしょう。あやふやな記憶をたどれば、確か、1月には既に応募書類の〆切を設けているゼミもあったように思いますし、3月末のギリギリまで猶予があるのは、いわゆる政治思想系列のゼミだけでしょうから(因みに私が――今でもはっきり覚えています――課題書類を郵送したのは締め切り前日の午後、「翌朝十時便」! まだまだ余裕で間に合いますぜ)。

あくまで個人的な印象としては――つまりは、別に統計があるわけではありません――、萩ゼミは思いの外、政治思想系列に配される他のゼミとは競合関係にはないような気がします。こういう言い方は語弊があるかもしれませんが、あくまで学問的な関心を主として政治思想のゼミに入りたいというような人の場合、そのモチベーションは大体、指導教授の専門得意領野とセットになっているので、時代やテーマ、あるいはアプローチが異なる「政治思想系列」中の3~4ゼミ内での選択の葛藤というのはあまり起こらないのではないか、したがって、「萩原能久研究会と〈他のゼミ〉とのあいだで悩んでいる」という学生のほとんどの場合、その〈他のゼミ〉というのは政治思想以外の系列に属しているのではないか、と思うのです。後者にあたる学生のなかでは、「萩ゼミは2次募集があるから……」というコトで、〈他のゼミ〉を一次募集で選択する人も少なからずいるでしょうし(実際、大学院で私がお世話になった、日本政治史を研究しているある先輩はそのクチです)、一次選考の結果如何では、幸か不幸か(?)二次募集で萩ゼミを志望する人も出てくるでしょう。

そういう人たちというのは、ゼミで残りの学部生活2年間、何を集中的に勉強したいのか、というのが実は、あまり固まっていないのかもしれないし、あるいは似たようなことですが、ゼミ活動というものに、自分が何を求めているのか(上のリンク先では確か、ゼミに求めるものとして「勉強」だとか「イベントないしサークル的な遊び」というようなことを挙げたように記憶しています)ということのイメージだとかプライオリティだとかがはっきりしていないのかもしれません。

むろん、そんなこともこの時期に今更、指摘しても遅いかもしれません。

ですから、そうですね、ここでは、そうしたことを踏まえつつも、貴重な時間を割いてこの記事を読んでくれているかもしれない、そんな数奇な新3年生に向けて、「ゼミに入るために……」というマニュアルではなく、「実際にゼミに入ってから……」に思いを馳せる一助となるような、心構えや意義のようなものを書いておきましょう。

それはおそらく、あと1カ月足らずで実際にあなたが萩原ゼミに入会しているか、他ゼミに所属しているのか、ということに関わらず、きっと大事なことなのだ、と「私」が考えているようなことになるでしょう(つまり、ゼミの公式見解であるとは必ずしも限りませんので、悪しからず)。その意味で、具体性なエピソードを損なうあまりに当然の「薄い」お話になってしまうかもしれませんが、どうやらこの世間には、私が思っている以上にいわゆる「ネタバレ」を嫌う人が多いようなので(いや、つい最近も某マンガをコミックで読んでいるというゼミ生に、雑誌で先行している部分のストーリーをうっかり喋ってしまったら、激怒されたのですよ! 私自身はむしろネタバレ歓迎派なのですが……と言っても正当な言い訳ではないですね、ハイ)、それくらいがちょうどいい塩梅なのではないのかな。さらに加えれば、私は学部・大学院と一貫して萩原研究会に所属していたので、他のゼミとの比較というのは体験ベースではできず、あくまで伝聞に過ぎなくなってしまうので……いや、それでも、幾分かは萩ゼミ固有と思われるスパイスを振り撒けたらいいのかな。

前置きが無用に長いのはいつもの癖です。


では、まずゼミでの勉強について、から。
確か、萩原先生が学部生だった頃にはゼミというのは2年時から所属可能だったように思いますが、私のときは既に、みなさんと同じく、ゼミは3年時から、でした。
ゼミが設置される3年時を基準にして、学部1~2年と3~4年のあいだの違いはどこにあるのでしょうか?
今でもそういう言い方をするのかどうかはわかりませんが、慣用的には、前者を「教養課程」、後者を「専門課程」などと言ったりしますね。
「教養」と「専門」という対だと、(必修)単位・講座・授業の内容の幅や密度という点にフォーカスされる嫌いがありますが(いえ、それも決して間違いではないでしょう)、ここではそういうことではなく、あくまでゼミの有無ないしはゼミという単位の形態に着目して、両者での「心構え」の違いのようなものを見ていきましょう。

学部1~2年の日吉生活では、基本的には講義を受けるというのが大学での勉強の基本的なスタイルです。
(予習・復習が望ましいとしても)教壇に立つ先生の話を聞いて、板書にノートをとって、それを試験前に暗記して……というような。
そういう授業形態の単位はもちろん、三田に行ってからも相当数こなさなければならないわけですが、言わずもがな、ゼミはそういうものではない。
萩ゼミはもとより、大抵のゼミはこのうちに収まると思いますが、ゼミ時間内での勉強というのは、共通課題文献を担当者がレジュメを切って討論するという輪読だとか、あるいは個々人ないしグループでの共同研究の経過発表であるとか、ほぼすべてが「アウトプット」に関わるものです。
むろん、程度問題なのですが、ゼミ時間内の「インプット」はあくまでそれ以前の学生による「アウトプット」に基づくという意味で、ゼミはアウトプットに主眼が置かれます(講義でも、授業後に質問するなどのアウトプットがありますが、それは先生の講義という「インプット」を受けてのものであるという意味で、後者に重点があるのと同じ)。

こうしたことを、リンク先の記事ではこう書いていました。

「その意味で、ゼミは――普通の講義みたいな「教える‐教えられる」関係というよりも――「みなで学ぶ」関係なのではないでしょうか、と(ここで言う「みな」、つまりゼミ生には、学部生だけでなく院生や、そして萩原先生も含まれる。もちろん知識量の差はあるし、それには最低限の敬意を払ってしかるべきだとしても、それがゼミの本質ではないのだということ)。/だから、逆にいえば(これも重要!)、ゼミが「教える‐教えられる」関係ではないということ……」

ここで付け加えておくべき含意は、以下のことにあります。
(「インプット」「アウトプット」という言葉は、個人的には、どうにも好きくないのですが、他に思い当たらないので、仕方ない。)

つまり、ゼミがアウトプットに重点を置く「みなで学ぶ」空間であり時間であるとするならば、「それ、まだ教わっていません」という水戸黄門の印籠的な究極的言い訳は、ゼミでは通用しないのだ、ということです。
小学生……中学生、高校生の……いや、百歩譲って大学学部1・2年生の講義など――「教える‐教えられる」関係――では、それでもよかったのかもしれません(?)。
しかし、ゼミではそうはいかない。

論文構想発表はもとより、普段の輪読においても、準備段階において分からないことがあれば、事前に可能な限り調べておき、そうした「疑問点」をひとつの論点として自分の調査・考察結果を添えて、ゼミの場に提出する。それを受けて、先生や他のゼミ生といった周りが応答し、ときにははじめのものを修正しながら、共通理解のごときものを形成していく――というのが望ましいゼミのあり方なのではないかと思います。
ただ「わかりません。教えて下さい」というのはダメです。少なくともまず、「何が(どう)わからないのか」を明確にする努力をしないと。でないと、そもそも、訊かれた側にしても、答えようがないですし。そして「何がわからないのか」がわかれば、少なくとも事前に調べようはいくらでもあるわけです。こんな時代ですから「ぐぐる」くらいは大した労力でもないでしょう。それすらしない、というのは「何がわからないのか」すらわかっていない(つまり、さっぱりわからない)か、あるいはもっと悪ければ「そんなのわかりたくないし、わかったってどうしようもないじゃないか」と匙を投げているのかの、どちらかです。

インプットは事前準備の所与として、それを実際にアウトプットして、議論をする中で理解を深めていく。

こうした「学び」の手順は年齢を問わず個人の習慣として獲得できるものではありますし、あるいはこうした「学び」の環境にしたって、広義のサークルやら1~2年時での「演習」にもあるわけですが、それらがある種「トレーニング」として、大学学部生最後の2年間という大切な時期に集中した形で制度化されているのが他ならぬ「ゼミ」に他とは違う重きを与えているのではないでしょうか。

さて、先ほどゼミが設置される学年の呼称として「専門課程」という言葉を使いつつも、それを(少なくとも学部ゼミの意義のようなものを論じる文脈では)退けました。それには一応理由があります。
もちろん、講義にしてもレベルは1~2年時のものより上がるでしょうし、ゼミにしても「~系列」という区分けが含意しているように、これから輪読する文献や、やがては書くことになるだろう「三田論」や「卒論」のテーマだとかアプローチだとかは、ある程度「専門性」を帯びてくるというか、他の学部や他のゼミに所属している場合とは違ったものになってくることでしょう。ただ、こと学部時代のゼミに関するかぎり、そうした括弧つきの「専門性」は決して無駄ではないにしろ、必ずしも本質ではないように思うのです。

では、ゼミでの「学び」の本質はどこにあるのか、といいますと、(ここで安易に広義の「教養」という語を使いたい誘惑に駆られるのですが)、それこそつまりは、上に挙げたような「学びの手順」にこそ存するのではないでしょうか。「(原理的な)モノの考え方、その枠組み」――語弊がありそうなので「ロジカル・シンキング」という流行(ハヤリ)の言葉は避けますが――と「考えたことを自らの意見として(声ないし文字として)述べること」と言い換えてもいいでしょう(因みに、蛇足ですが、「ものの考え方の枠組みを学ぶ」というのは、私が3年生の頃の同期で、2年生に向けたゼミ紹介のプレゼンテーションの標語として、使ったものでした)。

学部ゼミにおける「専門性」など、純粋に学問的なレベルでの「専門性」だとか、あるいは社会人・職業人(professional)のいう「専門性」だとか、というようなものに比べれば雲泥の差があります。いや、もちろん、学部生にして既に「専門家」も仰天の論文を書いてしまうだとか、学外活動でプロフェッショナルとわたりあってる人がいる、ということを否定したいわけではありません。ここで申し上げたいのは、教育としての「学部ゼミ」においてはそのような「プロフェッショナル」を養成することにその意義があるわけではない、ということです。

野矢茂樹という日本の哲学者の秀逸な表現を借りれば、ゼミの意義というのは、単なる「専門教育」「プロフェッショナルへの導入」、つまり「素人が玄人になろうとするための」ではなく「ずぶの素人が筋金入りの素人になろうとするための」「教養教育」にあるのではないでしょうか。

どういうことか、私なりに噛み砕いて説明してみます。

たとえば、棘のある言い方ですが「知識はあるのにバカな人」とはどういう人でしょうか?
彼は、ある専門領野Aに関しては、だれしもが認める知識を持っているかもしれません。しかし、それ以外の領域Bに関する議論についてはサッパリ黙りこくってしまう、そういう人のことです。言いかえれば、彼は「知識」と「思考」が分離できていない。
むろん、得意な専門領域Aについても彼にとって知らないことは少なからずあるでしょう。彼はそうした未知の事柄に遭遇しても、それまでに得た知識や思考で類推したり、新たに調べ、探究する術をもっているでしょうから、何かしらかの意見を表明するぐらいのことはできるでしょう。しかし、そうした同じ作業が、他の領野Bでは――思考やリサーチの手順の形式としてはほとんど同じだとしても――全くできない。これがここで言う「知識はあるのにバカな人」です。

こうした「専門バカ」のことを私は別に否定したいわけではないのですが(ステレオタイプの「天才」! むしろ憧れすらあるかも?)、これからゼミに入ろうとする人の多くは別にそうした人になりたくてゼミに入ろうとしているわけではないでしょうし、ゼミもそうした養成所ではない。

たかだか2年の「専門教育」でその道の第一人者を凌駕する成果を発揮するというのは、よほどのことがないかぎり、ないことでしょうし、それよりも大事なことがあるのではないか。

たとえ、「専門バカ」「その道の第一人者」と自他ともに認めるような博識な人がいたとしても、その人は決して「全知全能」ではありえない。
時間や資源が限られたなかで、博識者ですら誤ることはあるでしょうし、常に未知の事象と遭遇する可能性があります。大抵の人は言わずもがな、です。
「あの人(専門家)が言っているんだから、そうなんだろう」とか、未知の出来事に遭遇して唖然としてしまう、そうした思考停止を退けるための訓練こそ、ここで「ずぶの素人が筋金入りの素人になろうとするための」「教養教育」と言ったことに込めたいことに他なりません。
むろん、全知全能ではありえない上に、資源も限られているのだから、ある程度、私たちの生活が専門家への信頼によって成り立っていることは否定しません。何も、通俗デカルト級の懐疑論者になれと言いたいわけではありません。ただ、なにか自分の人生にとって重要な局面に立たされたときに、他人に依存せず、自分自身の思考・意志・判断ができる(ただし、自分のパースペクティヴの限界も弁え=恥を知りつつ、ということを付け加えておきます。それは知への敬意[≠盲信]の裏返しだと思います)、そのほうがいいんじゃないでしょうか、ありていに言えばそういうことです。

「学びの手順」「(原理的な)モノの考え方、その枠組み」「考えたことを自らの意見として(声ないし文字として)述べること」と先に強調したのはそういう意味です。
(蛇足ながら、「学びの手順」といったときに、「自分で調べる」ということを先に含めたのには、意味があります。つまり、得手不得手問わず、ある領野における議論に参入する際には、大体の場合、先行する知的/実践的な蓄積があり、それがある種の共通基盤を形成しているわけですから、その共通基盤を疑うにせよ、まずはそれを知らないと。教科書嫁!ってヤツです。)

「政治学を学んでいる」と言うと「じゃあ、ゆくゆくは、大臣か学者ですね」なんていうステレオタイプの反応が、未だ絶滅していないということを我が身をもって体験したときは唖然としましたが、それはおくとも、「政治学」を学んでいるみなさんが、これからそれをプロフェッションとして生きていくとは思えません(そういう人はほんのごくごくごくごくごく僅かでしょう)。だから、(ホントかよっと唾を吐きたくなる気持ちもわかりますが)「大学教育≒準職業教育」というような発想が少なからず蔓延しているなかでは(経済学や商学、理系の学部と比べて)「なんのために政治学勉強してるの」「政治学ってなんの役に立つの」と訊かれて、答えに窮するという経験をした人も少なくないのではないでしょうか(その意味で文学部に近い?)。

(そもそもなんで自分は政治学科に入ったのだろう? 偏差値高いとこから選んでったらそうなった、とか? これを書いている途中、テレビで「地下鉄サリン事件」15周年のドキュメンタリードラマをやっていたけれど、たとえば私にとっては年代的にはそれより、むしろ高校2年の時の9.11が衝撃だったけれど、その驚きゆえ? いやいや、「和魂洋才」をもじった「文魂法才」なんて言葉があるように、本当は文学部行きたかったけど、「文学部行ってどうやって飯食うの?」って親に言われたから、納得させられる政治学科にしぶしぶ入ったってか? どれも本当のようで、どれも嘘のよう。謎)

でも、ここで、ここまで「ゼミ」について述べてきたことを強引に、アクロバティックに展開しちゃうわけだけど、「政治学」ひいては「政治哲学(政治思想、政治理論)」というのは良くも悪くも「アマチュアの学」だと思います。語弊を恐れず、再び、野矢茂樹の言葉を拝借すれば、「素人の素人による素人のための」学問。

不用意に言ってしまえば、仮に「政治」と呼ばれる営みが、私たち一人ひとりが共に生きていくことを指すのだとすれば、専門家だとか他人だとかが言っていること、やっていること、やろうとしていることに対して、得手不得手の領野を問わず、チェックして自分なりの意見を表明する、ひとと議論していくことの助けになるもの、それが政治学であって、ゼミで学んでいくことなのだと思います。


実は、こうした意見に少しでも賛成してくれる人にとって、萩原ゼミはぴったりかもしれない!!!!!

というのも、このことは実は、院に入ってから、学部生とは違った立場でゼミには参加してようやく気づいたのだけど、たとえば、ここ数年の三田論テーマ(これが原則、その年の全体ゼミ[単位としては3年ゼミ]の輪読文献の設定の基準になる)を見てほしい。

・2006年度: <帝国>の逆襲―グローバル時代の人間・国家・平和―


・2007 年度: 生・政治の現在

・2008 年度:Drawing the line

・2009 年度:「非政治・反政治の政治学」

2006年度っていうのは私が学部3年のときだったから、っていうオマケとしても(?)次からのここ3年間、実は表題は変わっているけれど、大まかなフレームワークは変わっていません。と言っても、なんのこっちゃわからないだろうけれど、そこは「ネタバレ禁止」の原則で(笑)。実際に萩ゼミ入ってから学んで下さいな!(断わっておくけど、説明できないワケじゃ、ないんだから、ネッ!汗)
2008年度と2009年度なんて、もはや、ただの言い換えなんじゃないだろうかとすら思えなくもないのです。
「政治的なもの」と「非政治的なもの」(とされているもの)の「境界」を見凝めてみましょう、という……。

こうすると、本来テーマ設定としてはあまりに抽象的というか、だから、実際、あくせくして輪読文献を読み重ねていっても、どこに共通性があるのかわからなくなってしまうこともあるかもしれないのだけれど、実は、個々具体的な論点=内容ではなくて、「大まかなフレームワーク」つまり「ものの原理的な考え方」というレベルでは一貫してることに、実際のゼミに参加してみるとふと気付かされます。それはおそらく、萩原先生が、ここ数年、それが最も大事だと考えていることの最低限に薄められたものなのだと思います。もちろん、「考え方」(方法論)はいつだって「何を考えるのか」ということ(対象)とセットにしないと意味を成さない。だけど、それこそ後者(研究テーマ)の興味関心は人それぞれでしょう? 自分にとってそれが大切だと思えるもの。 政治学ないしは萩ゼミの目指すべきところが、先に述べた意味で「専門」にではなく「教養」にこそあるのであれば、訓練として「考え方」は文献を読みながら少しづつ身につけていきましょう(学ぶ≒真似ぶ)、でもそれをどう使うか、何に使うかということは、自分で選び実践しなさい――というのが、実にしっくりきませんか? それなら、将来ゼミ生がどういう分野に行こうと、きっと「役に立つ」ハズだから!

したがって、共通テーマがあまりに大きいということには、そういう教育的配慮がなされているんだと私は思います。
無限ではないにしろ、共通テーマが広ければ、それだけ個々の関心のある問題に対応できるはずですから。
そして、いわば、そういう補助輪のある状態ではじめての論文を書き終えた後は、「原則、テーマ制限なし。自由」のなかで、卒論を書く、と。
もちろん、その過程のなかでは、先生だけでなく、他のゼミ生と議論しながら、試行錯誤してくことになるわけです(だから、念のため付け加えておきますが、先にやめませんかと提案した「それ、まだ教わっていません」というのと、「わかりません」というのは決して同じ発話ではありません。相手の言っていることがわからなければ、それが腑に落ちるまで「わかりません」と問い詰めるべきです。できれば、「あなたの言っていることは~~ということですか?」というふうにパラフレーズしてみるといいでしょう。そういう作業をしないと、話し手もそもそも相手に言いたいことが通じているのかどうか確認できませんし、そうした対話を通じて、最初の意見の発話者も当初の理解が深まったり、改められていくのです。「理解する」ということに貪欲になること。この真剣な粘り強さはとても大事で、それこそ対面で議論するゼミだからこそ、鍛えられるものではないでしょうか)。
その意味で、萩ゼミのメンツは、必ずしも「もともと思想に興味があった」という人ばかりではないということは、案外腑に落ちたりもしますし、「政治哲学」に興味がある人はもちろん、そうでない人にとっても(いや、むしろ、だからこそ)充実したゼミなのだと言えると思います。

(ついでに言っておきますと、「共通テーマ」が広いということ、そしてゼミでの議論は「教える‐教えられる」関係ではなく「みなで学ぶ」という錯綜とした途を辿るということ、この2点からしても、三田で萩原先生が担当する「政治哲学I、II」の講義とはその形式も内容も――決してすべてではないにしても――異なることになります。たとえば、ゼミで読む本は、例外はもちろんありますが、広義の「古典」というよりも、比較的最近敢行された邦訳書が主になります。なので、ゼミで読む本の位置づけだとか、その背景の知的基本を知るためにも、ぜひ「政治哲学」は履修しておくことをお勧めしておきます。ゼミの議論と被るような講義もあるでしょうが、そうでない部分の方が多かったように記憶しています。ゼミによっては、履修科目のいくつかを指定するところもあるようですが、萩ゼミの場合、「政治哲学」の履修は一応義務ではありません。でも、履修しておいた方がいいんじゃないかな、と思うので)

(さらに余談を加えますが、昨年末あたりから最近にかけての、政治思想書の新刊ラッシュは羨ましい限りで……。デリダ、アガンベン、ジジェクとか、一体何冊邦訳刊行されたんだ? いや、キャツらに限らずともあれやこれや……こんだけあれば、文献提案とか、相当楽なのになァ……それにしても、どういうわけか去年はゼミで読むような類の新刊がかなり不況だった印象がぬぐえず……私の普段の行いが悪い所為でせうか! 嗚呼)

こうした、萩ゼミの目指すところを、言うのに、とてもしっくりくる言葉があります。

Sapere aude!

これはカントの『啓蒙とは何か』という論考の中のモットー。「敢えて賢こかれ」。
とても有名だから、知っている人の方が多いと思います。
けれど、私にとってこの言葉は、ゼミに入る前と、ゼミを卒業しようという今では、確実に、その重みと厳しさを増して、血肉化されています。

さてさて、ついつい調子に乗って、ウケの悪そうな勉強の話ばかりしてしまったけれど(汗)、それはホラ私の役割だよと割り切りつつも、それでも、以上のことと同じようなことは勉強以外のイベントをはじめとする広義の「ゼミ活動」にも言えることだと思います。

ゼミはだいたい、一学年15人くらいだから、先生と院生を入れて、35人くらいの規模。
しかも、なかには4年生と3年生が一緒の時間に勉強することが(ほとんど)なく、お互いが顔を合わせるのは飲み会など年に数回っていうゼミもあるみたいだけど、萩ゼミは基本、常に全体で動きます。(例外は、まぁ居残り三田論発表の3年生のサブゼミくらい、かな)

勉強はもとより(3年生の輪読でのレジュメ準備なんかはグループごとだし)、ソフトボールや沖縄合宿、クリスマス・パーティなどの公式イベントや、ゼミ後の夕飯だとか、試験前のノート交換だとか……列挙しきれないのでエトセトラ。
また、これまでのゼミ生の記事をみて紹介されているように、さまざまな係が各人に割り振られています。

さてこうした広義のゼミ活動では、35人もの人間が集団でものごとを営むわけで、それだけの数が集まれば、そりゃあ悲喜こもごも、色々なことがあるわけです。
とくに、沖縄合宿なんて、1週間近くも屋根を共にするわけだから、色々と協力しなきゃやってけないこともあるし、ケンカもあれば(?)、思わず涙してしまうようなドラマもあって。だから、否が応にも、人間関係が深くなるわけです。

そうしたなかで、決して慣れ合うだけではなく、各人が、時に衝突し、互いを尊重し合い、そうして「ゼミ活動」が成り立っていく。
それは、比喩としては、ひとつの「村」だとか「社会」だとか「家族」だとか言うことができるかもしれないけれど、やっぱり、「ゼミ」としか言いようがない気もします。
「単なる友達」以上の、それを越えた絆というのかな。

多分、お互いに協力することは、単に依存することとは決定的に違っていて、「自律」した個人のあいだに成り立つのだとすれば、萩ゼミは、ひとつのそうした空間に他ならないのだと、4年間そこで過ごした者として、そう思う訳です。

人に依存せず、人に依存させず――自律しながら協力していくこと。
そうして、萩原ゼミという場が成立して、代から代へと受け継がれてゆく。

だとしたら、それはやっぱり、現役もOBも含めて、ひとつの「啓蒙のプロジェクト」なんじゃないだろうか
(ってカッコつけてみたくもなるさ!!w)
萩ゼミは終わらない―――!!

さて、つい先日、いわゆるひとつの「追いコン」なるものがあって、現4年生に加えて私も追い出されてきました。
そこで、3年生(と一部4年生)の言葉のつまった色紙をもらったわけです。
一方で、卒業する4年生の側からも3年生の一人ひとりにメッセージカードを贈ろうという企画があったのですが、ちょっとした手違いで、私のところには連絡が届かなかったわけであります。
細かい事情は省略するとして、結果だけ申しますと、会終了のギリギリの時刻に、私は3年生17人分のメッセージカードをちゃちゃっと書き上げたのです。
不慮のミスおよび時間がなかったという言い訳を武器に、実は17名にあてたメッセージはすべて同じ一言にしました(断じて、手抜きではありません。ですが、しっかり書かれた色紙を見るにつけ、血も涙もない私でも、チキンなりに罪悪感を覚えざるを得ず……でも、仕方なかったのです!涙)。その言葉というのは、


"Fluctuat nec mergitur"


ラテン語で「たゆたえども沈まず」という意味です。
どこでこの言葉と出会ったのかは失念してしまいましたが、確かパリの紋章に刻まれたモットーだとか。
その紋章には荒波を行く船の姿が描かれています。

新4年生は現在、就職活動中で大変でしょうし、それを終えて後も、卒論であるとか、あるいは院生志望者は院試であるとか、これからも様々に大変なことを乗り越えていかなければならないことでしょう(無論、それは卒業していく私や現4年生にしても同じことです)。
そして、この4月からまた、新たに17期生を迎えて、萩ゼミの1年がスタートしていくわけですが、それこそ人間の出会いがあれば、ゼミとしても時に荒波に巻き込まれることもきっとあるはずです。
けれど、そうしたときにも、ゼミの一人ひとりが、あるいはゼミ全体が、どこを目指して漕いで行くのか――その自律こそがなにより大事なのだということを、ちょっと説教臭いですが、込めたつもりです。

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ええっと、そういえば、新4年生のひとりが去年私が書いた記事を読んだ際、「いやァ、ゼミに入るってこんなにも厳しいことなのか――って思いましたよ」と感想を漏らしてくれましたが、顔も見たことのないゼミ生、しかも一応は院生の言葉だったりするので、入ゼミ選考前の緊張と相まって、こちらの意図以上に重く受け止められてしまうのかもしれません……。ですが、ここまで書いてきたことは、自戒というよりはむしろ――実は、一片(ひとひら)の思い出とそれに伴う、後悔混じりの反省だったりしますから、そこらへんは割引いて下さって構いませんので。

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ここまで書き終わってから、久しぶりに萩ゼミのホームページ覗いてみたら、ギョッ、っと我が眼をこすっています。(最近、眼鏡買いましたが、今はつけていません)

「萩原研究会への入会を考えているあなたへ」という萩原先生のエッセイを読み、入ゼミ選考を控えていた頃の心象風景を走馬灯のように思い出して……――と、いうか……いままでここで私が書いてきたことが、より洗練されて、書いてあるではないデスカ!!
なんてこった……!!
決して、なぞったわけではないのですよ、いや、本当(マジ)で。

一目瞭然、これが「格の違い」ってヤツですね。
ふと、今年の頭に提出した修士論文の出来を思い出すに、あな恐ろしや。
修士でてもまだまだ、修業が全然足りません。「ケーモー!!」(叫)

しっかし、それはさておくとして
良くも悪くも、

ああ、自分の大学生活は
(ゼミだけでも4年。 演習入れれば5年。 必修入れたら6年まるごと)
確かに、この人の下で――、
この人から学び――、
この人に育てられたのだ、
と。

心から、そう思いました。

師の薫陶と、ゼミでの出会いに心から感謝します。
ありがとうございました。


そして、未来の17期生のみなさん。
萩原能久研究会へようこそ。

私は来年度から教室にはいませんが(たぶんそれはみなさんにとって「アタリ」ですw)、来年度の4年生(16期生)そして新たに修士に入るカワウソ君たちは、皆、それぞれに何かに秀でていて、そして、とてもイイヤツらです(私もこの4年間、つまり5つの代の仲間とゼミ生活を送ってきたことになりますが、どの代、どの人も、とても個性に溢れていて、それでいて、やはり、集団としては「萩ゼミっぽいなァ」と思えるから不思議ですね)。だから、緊張するなとは言いませんが、恐がらずに萩ゼミの門を叩いて下さい。
私が話を聞いて、「ちくしょう! 俺もその代の萩ゼミ生だったらよかったな」と悔しがるような、そんな素敵なゼミにみなさんでしていってください。
(負ける気はしませんよw)

それでは、また、どこかで。 きっと、いつか。

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最後に「たすき」を渡さなければならないのですが、私の所為でかなり「おして」ます。(本当にすみません)では、15期ゼミ代の

よしりゅう!

よろしく頼みます! 卒業式を明日に控えた時期に、申し訳ない。
けれど、よしりゅうならやれる! そう信じています。

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深夜のファミレスで、「ぐりとぐら」に出てくるパンケーキのおいしそうな感じで盛り上がれる仲間たち

タイトルでいろいろ排除してごめんなさい。

「あったかさ」とか「居心地の良さ」だけ伝わると幸いです。

この間も「みんなに会いたい」ってメーリスを流したら、急だったけど数名集まってくれて、

みんなでご飯を食べてプリクラを撮りました笑。仲良しこよし。

おっと!紹介遅れました。

初めまして。4年のおりえです。巷ではおりおりと呼ばれています。

ブログのバトンが回ってきて嬉しいのですが、ゼミ紹介についてはもう大体書きつくされている気が・・・。

なので、わたくし自身や、わたくしのような者でものびのびと過ごせることが伝われば、と思います。

どうぞ最後までお付き合いくださいませ。

早速最近のわたくしの成長についてですが、「懺悔」という漢字が書けるようになりました。

特に深い意味はありません。

足のサイズは22.5センチで、数年前よりちょっと縮みました。

それでは、いきなり自慢ですが、自慢は剣客・・・間違えた、健脚なところです。

幸か不幸か山登りが大好きな父親と、週3回の筋トレと水泳が生きがいの母親の元に生まれ育ち、

小学生のときは毎週末家族5人で高尾山に登るという苦行の時代を過ごしました。

しかも登りは大抵七福神のメンバーの名前を唱えながら歩き(麓に七福神の石像がある)、

下りは急な方のルートをタイムを測りながら隊列を組んで駆け足で降りていくのが恒例でした。

だからなんだか休日よりも平日のほうが穏やかで好きです。学校、大好き!笑。

自慢だけではなく、弱点も書きましょうか。

改札を通ることと、ストッキングが苦手です。

改札は、タイミングが悪いのか、切符をくちゃくちゃにしちゃうのが悪いのか、

パスモのタッチの仕方が悪いのかわかりませんが、かなりの確率で通せんぼになります。

んもう、改札機ったらアタシのこと離してくれないんだから☆

なんて露とも思っていません。

これまで何千回も通っているであろうと思われるのに今でも軽く緊張します。

ストッキングは…頭から被ると顔が歪む感じは面白いと思うんだけど、普通に履いていると6時間が限界です。

タイツは大丈夫なんだけどストッキングはなんかダメなんだよね。

お母さん、アタシ、やっぱOL無理かも

とも言ってられないので、

もしどなたか「※生足可」とか、「※但し、生足に限る」とか、「福利厚生:生足補助付き」とか、そんなユニークなことを言っている会社を知っていたら教えてください。

まだ全然間に合うんで、コメント欄に書き残していってください。

こんな感じでしょうか。なんか足(または脚)(足フェチと脚フェチは違うって知ってた?)のことばっか書いてるね。

このままでは「あしの人」になってしまう恐れがあるので指についても記しておきましょうか。

趣味は古本屋、古CD屋、古着屋を巡ることです。

「値が張る写真集」とか、「懐かしのアルバム」とか、「赤いキャミワンピ」とか、

テーマを持って探しに行くのが好きです。宝探しをしている感じ。

それで、最近は小沢健二の「指さえも」の12センチシングルを探しています。

小沢健二って知ってますか?90年代後半に活躍していた歌手なんだけど。

(これ見てる2年生って平成生まれが多いんだよね?おそろしや)

この曲は、あれは確か私が小4のときにTVで流れていたのを一回聴いただけなのに

甘いメロディと、「あの人の 指さえも いま 僕のもの」という独占欲強めな歌詞が印象的で覚えていました。

で、最近youtubeにのっかっているのをみつけて12年ぶりぐらいに聴き、欲しくなったのです。

でも12センチシングルとなるとなかなか見つからないんだよね。

もしこのブログ見ている方で、持っている人がいたら連絡ください笑。コメント欄に書いといて。

ちなみに、オザケンの「大人になれば」「夢が夢なら」も大好きです。最近こればっか聴いてるわ。

誰ですか?動きがDMCの根岸君みたいだ、って言ったのは?あ、空耳か。

ではこの辺でゼミ紹介、というよりメッセージを。

まず。

私はこれからゼミに入る新3年生が羨ましくてしょーがない!

これからあんなことやこんなことやあーーんなことができるなんて!って。

でも。

その機会を生かせるかはその人の心がけ次第だと思うのです。

これまでハギゼミに興味を持ってくださった方なら、ハギゼミの特徴ー

現代政治理論のゼミなんだな、とか

本を週1冊読んで議論する形式なんだな、とか

3年と4年の合同ゼミなんだな、とか

沖縄合宿がメインイベントなんだな等々、大体つかめていると思うのですが、

そういった特徴って(いじわるな見方をすると)所詮はハコにすぎないと思うんです。

そのハコにどれだけステキなナカミを詰められるか。

ゼミ員の心がけ次第でめちゃめちゃ濃いものにも、薄っぺらいものにもなると思います。

でもどうせやるなら充実した方がいいと思うので、是非この機会を生かし切って、楽しいゼミライフを過ごしてください。

さて。

もっと魅力を伝えたいのですが、いかんせん文章を書くのが苦手なので、

ここはもっと上手なかたにバトンタッチしましょう。

次に書いてくださるのは、むっちゃ心優しいツンデレの最終形態、shineキャーバタさんshineです。

キャーバタさんは院生で、ハギゼミで4年過ごした見事なツンデレです。

ハギゼミで4年もいたからこんなに立派なツンデレになったのか、元々本人にツンデレ属性があったからなのか・・・

わからないですが、少なくともハギゼミでの心構えについて完璧に書いてくださると思います!

こんな感じで、もりもりに盛ったところでキャーバタさんの登場ですshine

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境界線を飛び越えて!

4年の藤沢男(ふじさわだん)です。

さっそく本題へ。。

ゼミの雰囲気が伝わるようなコトを書いてみますねー

なんでしょうね、あんまりグループ化してることはないと思います。ホット/クールとか全参加/不参加とか。

飲み会やイベントごとの参加メンバーは毎回違ってて、たまに来ちゃうのも全然おっけーな気がします。

ゼミの卒業旅行は、千葉に行ってきました。ジミー(3年生、過去ログ参照)の実家の旅館に!

うみほたるでご飯食べて、鴨川シーワールド行って、温泉入ってみたいなカンジです。

たぶん某ゼミの旅行のように「北京の一番アツいクラブに踊りに行こーゼ」っていう風にはならないんだろうなぁ。

萩ゼミメンバーひとりひとりを見れば、DJもいるし、ギタリストもいるし、ビジュアル系もいるし、アニメ大好きもいるし、自転車大好きもいるし、動物大好きもいるし、もちろん思想大好きもいます。

でも、某ゼミのように全員がAKB48にはまって、飲み会がAKBネタ一色になることはないんだろうなぁ。

まぁつまるところ、、“好き勝手しながら和気藹々”してるかなっと。

上のフレーズを入ゼミ面接で多用しても、得なことはないだろうケド、OB会で「藤沢さんのブログを見て萩ゼミに決めましたっ!」って言うと何かあるカモ!!

でもまぁ、書いたことってボクの主観だし、もう昔のことなんですよね。。そう、これまでのことはこれまでのことで。。。

来年度の新メンバーが楽しみですっ!!出来たらお会いしましょー!!!

じゃ次は、オリオリいってみよーか

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お酒 ≧ お菓子とイケメン > 哲学

みなさまこんにちは!

15期の里美です。

哲学が大好きなあまり、ブログも即行更新しちゃいます。

明日の旅行のことで頭がいっぱいです。

萩ゼミでは「さとみん」という可愛いあだ名を頂戴し、森ガールとして現在キャラ更新中ですが、

もう私は来年はいないので、ゼミのここが好きだったな~という所をあげたいと思います!!(完全にブログのフォーマット無視です、ごめんなさい)

一つ目はつかず離れず、みたいな、going my way、みたいな、雰囲気がサバサバしている所。

入ゼミ前からそれは感じていて、入ってみてからもその思いは変わらず。

他の人がどう思っているかはわからないけど、少なくとも私はそんな雰囲気を感じて勝手に居心地良かったです。

私の中ではサークルは遊び仲間で、ゼミは遊び仲間でもあるけど割と真剣に深い話題まで話せて、濃い人間関係を築ける仲です。

二つ目は、沖縄合宿。

色々ありましたが、振り返ると青春そのもの!!以上でも以下でもないです。

三つ目は、先生はツンデレだけどゼミ員のことを考えてくれているところ。

先生の論文の添削の細かさや、照れた挨拶に私は愛を感じていますw

ゼミに出席するうち、1年の時受けた授業での先生とはギャップを感じました。

そんなところかと思います。

現在の2年生のゼミ選びが良いものになりますように!

萩ゼミも選択肢の一つに入れて頂ければ幸いです。

次は・・・萩ゼミきっての男前の男(だん)くんにしたいと思います~!!

更新してくれるか不安ですがよろしくね!

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愛しの萩ゼミさんへ

ブログをご覧の皆様こんにちはー。政治学科4年のみさかと申します。

今日は僕の誕生日です。誰からも「おめでとうメール」すら来ず諦めかけてた時に、サークルの後輩の一人が「お誕生日おめでとうございます!」ってメールをく れまして…覚えててくれたことに感動して泣きそうになりました。というわけで今年の誕生日は逆転勝利ってとこでしょうか?まぁそれはいいです。


他のメンバーがすごく詳しく書いてくれているので、細かい役職等々は割愛します。ここはせっかくの良い機会なので、2年間を過ごしてきた萩ゼミさんに一言感謝の言葉を。

 

萩ゼミさん、2年間お世話になりました。あなたが大好きです。本当にありがとうございました。

 

 

正直に打ち明けると入ゼミ当初、人見知りがちな僕は不安でいっぱいでした。ゼミの議論についていける自信も無かったですし(これは今でもそうだけど)。でも、そういう僕でも温かく受け入れてくれる雰囲気が萩ゼミにはあって…

 

萩ゼミでは沢山の思い出を作ることができました。ゼミ選びに迷っている2年生の頃は、まさかゼミがこんなに自分にとって大切な場所になるとは思ってもいませんでした。自分の中にこんな熱い気持ちがあるなんて…的な?

 

このブログを見てくれて、萩ゼミに興味を持っている年生は、迷わず門を叩けばいいんじゃないでしょうか??どんな人にも居場所がある空間だと思います。入ゼミ試験に通った暁には、きっといまの年生たちが温かく迎えてくれるでしょう。みんな面倒見良さそうだし、来年も萩ゼミは変わらず「優しい」と思います(きっと先生も)

 

それじゃあそろそろ次にバトンタッチ!!哲学大好きさとみん宜しくー!

ブログを見ている2年生の皆が、自分が納得できるゼミを選べますようお祈りしています!

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Still A Friend Of Mine

更新が滞ってしまってすみません。

今日は都立高校入試の日ですね。
アルバイトで塾講師をしているので、僕も朝早くから門前激励に行ってまいりました。
高校の門の前で受験生と握手して「頑張ってこい!」とか言ってる塾の人をしてきました。
少しずつ暖かくなってきたとはいえ、朝はまだ寒いですね。。

さてさて、早速いきます。
てっちゃんの記事のカテゴリが育児になっているのは置いときましょう。

あ、長くなってしまったので、面倒な方は最後の次の人だけ確認してその人が書くのを楽しみに待っていてください。





【自己紹介】

できればいつまでも秘密にしておきたい類の秘密兵器、小林俊輔です。
ミドルネームをつけるとしたら、小林"the last person"俊輔になるでしょう。

好きなものに対しては過熱気味。
ただ興味ないのは全く触れようともしないのは問題で、そのため流行にも疎かったりします。
血液型はB型です。

志木高出身です。

僕も来年は萩原ゼミにはいません。
というわけで、みなさんOB会で会いましょう!(気が早い?)





【役職】

イレギュラーですが二つあって、VTR係とOB会係でした。
それぞれの説明はもういいよね。





【サークル】

K.B.R. society the KALUA

というバンドサークルでギターをやってました。
ジャンルはAcid Jazz、Soul、R&Bなど。
ダンスビートからおしゃれなバラードまで、歌モノを幅広くという感じです。
アーティストで言うとStevie Wonder、Jamiroquai、Incognito、The Brand New Heavies、Erykah Badu、Chaka Khanなどなど。
邦楽だと、Sing Like Talking(佐藤竹善)、Orange Pekoe、山下達郎、Monday 満ちる、あたりですかね。
だからバンドの編成も人数多くて、コーラスとかホーン隊がいたりするのでだいたい10人を超えます。

結構真剣に音楽に取り組んでるサークルで、一般的な「バンドサークル」のイメージとは違うんじゃないかな。
というか普段なんとなく聞いてる音楽ってやっぱりプロの演奏なので、いざ演奏してみようとするととても難しいのですよ。
だから必然的に結構練習する必要があってですね。
僕はギターを弾く時の体全体の使い方やリズムの感じ方についてみっちりやってきました。
といってもまだまだなんですが。

活動形態は色々と複雑だったりするのですが、僕は基本的なパターンに則って2年間の固定バンドでやっていました。
毎週最低1回、普通で2回、ライブ直前でやばい時は3回の練習があったりするので、やはりそれなりの参加態度が求められます。
特に1年目は技術的にうまくいかないしメンバー間の不和があったりで何かとストレスフル。

1年目でもがいているうちに、2年目からはそのうち技術的にも上手くなって、メンバー同士の仲も良くなり始め、やっとバンドを楽しめるようになった。

そうやって最後まで活動できるのは、みんな根底に「音楽が好き」というのがあったからじゃないかと(勝手に)思っています。
そうでないとたった30~40分のライブのために個人練習や10人近くで集まっての全体練習に膨大な時間と手間はかけられません。


ちなみに僕は出ませんでしたが、三田祭でも中庭大ステージでやったするサークルなので、もし覚えてたら是非聞いてみてください。

そんな感じで、大学2年まではサークルの世界に入り浸りでした。
そして3年からの活動は、サークルの友人に誘われて参加していたオリジナルのロックバンドと、萩ゼミの二つ。(前者のバンド活動は去年の三田祭まで参加してました。)




【過去に熱中していたもの/趣味・特技】

というわけで、音楽が好きです。
上記のほかに特に挙げておきたいのは、The Carpenters、The Beatles、Prince、The Smiths、尾崎豊。

好きなギタリストは、Tony Peluso(カーペンターズのギター)、George Harrison(ビートルズ)、Johnny Marr(スミス)、David T. Walker(Jackson 5など)、Larry Carlton、Cornel Dupree、John Mayer などなど。

下らないB級な笑いやシュールな笑いも大好きです。
『すごいよ!!マサルさん セクシーコマンドー外伝』は、小学生の時にはまったなあ。。
タモリ倶楽部は空耳アワーの映像化センスが秀逸すぐる。
あとサラリーマンNEOとか。

マンガでは『ジョジョの奇妙な冒険』、『火の鳥』、『ラフ』にはまりました。
『ジョジョ』はやっぱり5部が好きです。


ちなみに高校の部活は陸上の長距離。
フルマラソンで2時間44分を出したのは自慢です。
もう4年も前の話ですが!




【ゼミ紹介】

だいたいの活動は紹介されているので、僕は4年生の活動をクローズアップしてみようと思います。
大きく分けて二つで、卒論作成(4年ゼミ、水曜3限)とゼミの司会(4~5限)。

卒論は年末の提出に向けて4年ゼミで中間発表を行いつつ、各自進めていきます。
テーマは自由。
全員3年生で三田祭論文を書きますが、それとは関係なくても大丈夫。
中間発表も学期ごとに一回ずつ。
必要があれば(やばそうなら)もう一回ぐらい。
そこでは論文の大枠の構想や途中経過(どこまで書くことが固まっているか)を発表します。
また、年によっては夏休みに一章分書きあげて提出したりします。

やっぱり早め早めに!
いざ書き始めると構想通りではうまく論理展開できないことに気づいたりして、方向修正しながら進むには時間がいるので。



ゼミの司会の方は、毎週二人が担当します。(他の人は普通に議論の参加)
順番とか誰が組むとかは、とくに決め方なし。
「この文献のときに司会やりたい」とかいうのもアリ。
自分が担当するのは、学期あたり1~2回です。

司会は議論全体を外側から俯瞰しつつ、レジュメを作成して発表する3年生を中心にして場全体を導いて議論を組み立てる役割です。
だから司会担当者は最低限3年生の担当者と同程度の準備・理解が求められます。
あとは和やかな雰囲気作りとか、適度にいろんな人に話を振ったりとか。
先生も場の一員として議論に参加します。

ただ本当に難しい本もあって、ゼミ全体でも歯が立たずに文献が議論のタネにもならないないこともあったりします。
だからこの役割に責任を感じ始めると、ゼミが始まる前に「今日の議論はうまく進められるだろうか」とか思って結構緊張したりしますw


議論で活躍するのもかっこいい。
でもそれと同じぐらい、司会としてゼミを盛り上げていくのもなかなか面白いんじゃないかと思います。
3年と4年でのゼミへの関わり方が変化します。
萩ゼミで、その違いを存分に楽しんでください。


※教職課程履修の方へ
僕は教職課程も取っています。
教職の授業で出る課題とゼミの活動の両立は不安かと思いますが、十分できるので安心してください。
現に、自分の一つ上の代、自分の代、新4年生の代に一人ずつ教職課程履修者がいるので。





【入ゼミの経緯】
実は、もともとの関心は社会学だったんです。
自分の主観でしか物事を認識できない人間が道徳観を共有していることが不思議でならなかったというのが始まりでした。
だから教職をとっていたこともあって社会化や集合的記憶について考えてみたいと思っていました。
したがって社会学のゼミももちろん見たのですが、どうも現状分析を進めるような方向性が合わないと感じました。
それよりも事象の根本にある問題点に目を向けたかったという気持ちがありました。

一方、志木高や政治学科で触れてきた政治思想には興味を持っていたので、政治思想系のゼミも見ていました。
そのなかでも萩原ゼミは文献リストからして上記の自分の方向性に一番合っていそうでした。

またサークル活動の無くなった自分としては、ゼミを大学生活後半の居場所にしたいという思っていたので、「勉強も遊びも全力」という萩原ゼミはとても惹かれるものがありました。

というわけで、1次で入ゼミ試験を受けて、なんとか通過して今に至ります。



では最後に。

以上の思いを持って入った萩原ゼミですが、1年目は辛かったです。
例年通りの四月病を罹患したままゼミがスタートしたものの、もう初めの二週目ぐらいから文献が難しくて理解できず、ゼミ中にまったく発言とかできませんでした。
もはや自分がどんな内容を読んでいて、ゼミの議論でも何が話し合われているのかほとんど分からない状態で一年を過ごしてしまいました。
三田論も、文字を連ねたものの結局何も言っていないようなものしかできず。

それでも二年目になって、少しずつ文献が理解できるようになってきた気がしました。
もちろん就活しながらのゼミは忙しさとして大変だったのですが、以前のような精神的な辛さはなく。
多分きっかけは、後輩が入ってきたことと司会という二つのプレッシャーで気持ちに刺激が入ったことでしょうね。

またその時期からゼミ後の夕食@中華料理屋に顔を出すようになったりしたりで、居心地の良い場所になりましたねー。
ともすれば無関心に陥りがちな寛容が、積極的に認めていくようなものに変化したというか。
そんな場所だからついつい場の空気からはみだしてしまう自分もここまでやってこれたわけです。
他にも直帰ガールがリボーンしたり、ラディカルだったゼミ代が丸くなるなど、色々と変化があって。
ある意味、僕のゼミ生活は二年目からが本番だったとも言えますね。

結果として、自分はとても良い選択をしたと確信しています。
ただ楽しいことしようぜってだけの集まりより、自分にとってはもっと意味のある場所になったと思います。


ま、いくつもの記事の中に一つぐらいパーソナルヒストリー的なものがあってもいいだろうと思って書きました。
最後まで読んでくださったあなたは偉い!


ただこれまで僕が書いてきたのは思想に興味があるという人の話でしたが、もちろんそうでない人もどこかに魅力を感じたのなら、その直観を大事にしてくださいね。

様々なキャラクターのゼミ生が集まるのを楽しみにしています。




さてさて次に回すのは、三坂!よろしく!

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愛について

2年生のみなさん、こんにちは。

4年生の中井と申します。ゼミで一番うるさい、正に「笑う女」です。

さて、

【自己紹介】

セクシー系美女。

というのは冗談で、根暗なのに笑いだすと止まらない、しかも変な声が響き渡る、かまびすしい人間です。

唯一の欠点は時間にルーズなこと。

17日の約束。ピンク色の約束。初対面。日付が変わって昨日のことですが、その大事なアポイントメントに、待ち合わせ時刻より1時間遅れて行きました。最悪です。

【役職】

これは声を特大にして言いたい。企画係です。

3年生が書いてくれてるから詳細は割愛しますが、とにかくやりがいに満ち満ちた仕事です。

大変だけど楽しい。そして泣ける。そんな素敵な仕事です。

世話好きな人は絶対向いてるから、輝くチャンスを渇望しているならぜひぜひ!

【サークル】

たしか去年は伏せておきましたが今年はばらします。

塾法会という謎多きサークルにそこそこコミットしていました。これを見てる塾法会の2年生がいたら、門を叩いてみてください。向いてるかも!

【過去に熱中していたもの】

思い出をたどれば、私の心を初めて鷲づかみにしたものはキンキキッズではないでしょうか。光一が大好きでした。たしか小学校3年生くらい。

現在愛するのは妻夫木聡と福山雅治です。ちなみに私は面食いではありません。

あと温泉とマッサージとかりんとうに癒しを与えてもらうおばさん臭い人生でした。

【趣味・特技】

趣味はたくさんあるけど、絵は好きです。見るの専門かなー。ラファエロの聖母を見て絵画にがつーんと惹かれてから10年以上、美術館に行くのが趣味です。

動物園や水族館に行くのも好きです。動物大好き。

【萩ゼミに入った経緯】

私は二次組です。ほんと、拾われてよかった。「ゼミに入れてよかった」という安堵ではなくて、「萩ゼミに入れてよかった」という限定的な意味でです。

二次を受けるまで、私は萩ゼミを「思想ゼミ」と理解していて、「現代政治哲学ゼミ」だとは知りませんでした。だからゼミの文献リストを見て、私の興味ある分野だと知って驚きました。もちろん、ほとんどが一人で読んでみようとは思わない難しい本ですが、名前だけ知ってる類の本を読むきっかけを与えてほしくて、萩ゼミで学ぶ道を選択しました。

で、この文章を読んでる人が文献リストを見にいって、どれから読んでみたらわからなかったら、まずはこれ読んでみたらどうでしょう?

 マッシモ・カッチャーリ『必要なる天使』(人文書院)

・・・うそです。こんなの読んだら誰もゼミ来なくなっちゃいますからね。

私が2年間勉強した中で比較的易しかったのはこれらです。

 ロバート・J .C.ヤング『ポストコロニアリズム』(岩波書店)

 トマス・ホッブズ『リヴァイアサン(1)(2)』(岩波書店<岩波文庫>)

 E・サイード『知識人とは何か』(平凡社ライブラリー)

 酒井直樹『希望と憲法』(以文社)

 カント『永遠平和のために』(岩波文庫)

 カール・シュミット『政治神学』(未来社)

【ゼミ紹介】

前の前の人が言うように、私はゼミですっかり生まれ変わりました。友達のいない暗い人生から一転、毎週のゼミを楽しみに学校に通うようになりました。

ゼミは仲良しです。3年と4年も関わり合いが深く、窮屈さの少ないワイワイしたゼミです。

4年はつい先日、卒業旅行に行ってまいりました。だらだらするのを楽しんだり、単純なカードゲームにバカみたいに熱中したり、そんな平和を愛する人々の集まりが私は大好きです。次の代もその次の代にも、良い思い出とともにゼミを去っていってほしいので、ゼミに深い愛情を持てる人に入ってほしいものです。そうは言っても最初はそんなかけらもなかった私が、今では萩ゼミにフォーリンラブ&オンリーラブですから、大学生活に何かが足りないと感じている人にもおすすめなゼミですね。

では次の人に回します。萩ゼミの秘密兵器、俊輔です!

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みなさんブログは読みやすいように書きましょう。

おいおい、すげぇな・・・その無茶なふり・・。

さすがですね。四月以降もその調子で、頑張って下さい。

どうも、現在四年の木村友輔(きむらゆうすけ)です。

基本的に、萩ゼミの人たちのブログ、長いので最初と最後しか読んでないんですが、
ちゃんと読んでる君は、えらい。あ、先生のことじゃないですよ。2年生のことです。

まあ読んでくれてる君が入るころ、僕はもういないんですが。
できるだけ、ジェイミーフォックスみたいなイケメンを想像しながら読んで下さい。

【自己紹介】

・東京生まれ世田谷育ち、よさそなヤツは大体友達。CITY BOY!!!!!

・ここ8年くらい、レゲエやってました。DJ。ジャマイカにも、何度も行きました。

・ニューヨークに留学。I ♥ NY & BROOKLYN!!! だから萩ゼミ歴はのべ3年。いすぎたし。

こんなもんかな。あと俺がポン酢好き、とか優木まおみ好き、とか言ってもしょうもないし。

そりゃ、映画とか本とかアートも好きだけと。最近いい映画ばっかり。「500日のサマー」「かいじゅう」「インビクタス」「Frozen River」ヤバい。

でも、今週のワンピースのがヤバい。バンクーバーとか見てる場合じゃない。

【役職】

・なんか生け贄みたいな役やってました。自己犠牲役。

【ALL about 萩ゼミ】

先生も含めて、「ツンデレ」なゼミ。

あんま表に出さなかったりするけど、みんな結構アツいもの持ってる、みたいな。

友達少ない、みたいな。

先輩らしくない、みたいな。

失恋したことのが多い、みたいな。

不器用なヤツ多いです。そこがいい。

でもどんな雰囲気になるかは、その年次第です。

来年4年になるみんながひっぱんないとね。


はい。最後に。

ゼミ選びって大事なようで大事じゃなくって、でもやっぱり大事だったりする。

そんな中、萩ゼミは全然「アリ」だと思うから、是非検討して下さい。

なんで「アリ」かは、

鬼難しい文献を頭こねくり回して考えまくらないと分からないし、

ゼミの後アホみたいに毎回中華料理屋でだらだらしないと分からないし、

1週間30人くらいでわいわい沖縄行かないと分からない。

学生最後の二年間に、なんかあったかいものを求めてる人は、門を叩いてみて。

受けた人みんなが受かるわけじゃないんだけど、これをここまで読んでるくらいの人は、だいたい大丈夫。

入ゼミ係のドカベンみたいなヤツが迎えてくれるハズ。

OB会で、お会いできることを楽しみにしてます。

次は、「笑う女」中井嬢。17日のことで頭いっぱいだろうけど、よろしく。

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てかげんなく つっこむ やっすい男

どうも、雅宏からバトンタッチされました、法学部政治学科4年、上原哲也(うえはらてつや)と申します。このブログ、閲覧したのは今回で二度目なのですが、みさこちゃんのあいうえお作文の前衛的な感覚(みごとな さんぼんの こんぶ)に触発され、これは先輩としてのレベルの違いというやつを見せ付けてやる時が来たな(頭の良さではかなわない)とばかりに、タイトルを付けてみました。まあ、圧勝ですよね。

そして、重要なことが一つ。前回の雅宏から4年生によるブログになっているのですが、彼は進学なので来年度もこのゼミにいます。しかし、僕は就職なので、このブログで想定されている(本来の)読者層である現2年生が萩原研を選び、そして入会してくれた際には、ここにはもういないのです。要するに、これ俺が書く意味あるのかな。つまり、萩原研のあんなことやこんなこと、入会前の2年生が恐怖に恐れ戦き背筋も凍るようなエピソードをあることないこと話したっていいわけですよ。分かりますよねー、皆さん。本当の意味でのゼミ紹介ブログはここから始まりますよ!んじゃリストに沿って話進めますわ。

【自己紹介】

うえはらです。過去に性格について言われたこと→「変態すれすれだけど踏みとどまってる変人かな」「デブ」「何考えてんだかわかんない」「かわいい女の子相手だと態度が変わる」「まあ左利きだから仕方ないよな」「デブ」「要領がいいから努力とか必要なさそうでうざい」「ドライだよね」「私の話聞いてる?」「おい上原何笑ってんだ(笑ったつもりは一度もない)」「ねえ、私なんか怒らせるような事言った?(怒った覚えは微塵もない)」「デブ」「ホント今、男として最低なこと言ってるよ?」「今死んでも後悔しないってかんじだよね」「最初はお前のこと嫌いだった」「上原君って結構生意気って言われる?」

つまり一言で言うと、「誤解を生みやすい人間」ということになります。加えて「このような批判をされたときだけパタンと閉じる都合のいい耳」も持っています。自分では、ユアペースも刻めるマイペースだと思ってます。すごい純粋な子です。ただ、他人から見た自分のほうが自己評価よりも正しいんだろうな、とは薄々感じています。あと、基本結構ミーハーです。顔はガチャピンに似ているといわれます。

【役職】

入ゼミ係です。詳しくは上村と二郎が説明してくれてるから飛ばします。個人的には人の好き嫌いがないので、割りと向いてたかなと思います。

【サークル】

元バスケサークルです。やめたけどね。今でも結構仲良くしてもらってます。基本的にひとつの居場所を作らず色んなところをウロウロするので、「俺なんでこんなところにいるんだっけ」という疑問が時折顔を出します。

【過去に熱中/趣味・特技】

・映画鑑賞→高校からはまってます。ジャンル問わず。大学入学から300本以上は観てる。映画祭にも行く。殺伐としたのが好き。

・バスケ→子供の頃から。最近やってない。あきらめたらそこで試合終了です。

・単純作業→チケットもぎりとか、灰汁取りとか、ヤスリかけたりとかには、物凄い集中力を発揮します。周りの音とか聞こえなくなります。「もういいから・・・」て言われます。結構みんな引きます。

・音楽→変人の変態な音楽が好きです。それとは別に宇多田ヒカルが大好きです。

・他人の趣味に首突っ込むこと→結構楽しいです。最近はゼミのかっしーにつれられて武道館ライブに行って以来、そのアーティストのファンです。

・宮崎あおい(崎の右上は「立」)→知る人ぞ知る「ケータイ刑事 銭形愛」の時から好きです。「僕は(私は)蒼井優のほうがいい」という人は、残念ながら仲良くなれそうにありませんね。このゼミに入る前にあおいちゃん派として改心する必要があります。踏み絵的な、ね。電撃入籍の時は三日三晩寝込みました。嘘です。

・上村愛子→オリンピックのたびに恋してます(これで四度目)。今回は4位。惜しかったですねー。この人の笑顔は本当に素晴らしい。最高。まあなんだ、結局、かわいい女の子が好きなどうしようもない男なんすよ。

・アニメ→近未来的なのが好きです。

・漫画→スピード感のあるやつが好きです。

【萩原研入会の経緯と、そこから得たもの】

とにかく、国際政治、地域研究、メディア、政治理論、社会学、何でも面白そうだったんですよ。でも、それぞれ扱う範囲は限られている。しかも、それらの専門知識を身に付けたいというよりは、幅広い分野で起こっている問題や変化なんかに関して、「専門じゃないから分からない」とするのではなく、自分の頭で考えられるようになりたかった。自分の頭のつくりが思想分野に向いているかいないかといったら、不向きな方だと思います。考えることに関してすぐ「価値」を求めるきらいがあるし(それ、何の意味があるの?みたいな)、分かりやすいほうが僕は好きです。

ただ、このゼミで学べる「思想」って、それこそ著名な思想家の知識ではなくて、本質的には問題に対してのアプローチの仕方、自分なりの問題設定の方法、なんだと思います。毎週一冊文献を読むのも、「この著者はこう考えている。じゃあ自分は?」ということ。そんなに簡単にいきませんけどね。本の内容も難しいし。ただ、その「癖」くらいは身についたし、自分の頭で考えようとする癖って、社会に出てからも汎用性が高い。

そんな感じです。苦しいけど楽しいですよ、きっと。

【ゼミ紹介】

とりあえず、他己紹介とかで許してください。端的に言うと、強烈な個性を持った人間が比較的少なく、平和主義の人が多いと思います。みんなでわいわい。なので、どんな人でも溶け込めると思う。僕みたいな空気の読めない変態でもそれなりに居場所があります。それが萩ゼミクオリティ。

USK→イニシャルKY(声が やかましい、空気は 読める、ひげが もじゃもじゃ)

ヤンモ→服装はフォーマル。中身はアブノーマル。

中井ちゃん→ゼミでリボーンした女。雑踏の中でも彼女の笑い声は際立ちます。

松元→二郎。カビゴンっぽい。通路とかふさぐ時便利そう。

つっちー→いいやつ。狭いところを通る時とかに便利そう。

雅宏→頭のいいやつ。かわいいもの好き。

あきら→調子いいやつ。

ノム→      〃

たま→「マジで!」「ガチムチだな!」「おつ!」で会話の大体が構成されてる。軽い。

新垣ちゃん・神作ちゃん・せっきー→妹にしたい。

及川・松田→絶対弟にしたくない。「根は」まじめ。

上村→マカー。今度Macに変えるかもだから色々おせーて。

すきがら・みやざき→ダイビング担当の仲良し二人組。なんか俺より貫禄ある。

寺井ちゃん→よくキャンパスの中庭にいるので、実は中庭の秩序を維持する精なのではないかと最近疑っている。

三坂→もうちょっと自分に自信を持ったら良いと思う。

ばたやん→もうちょっと世間を信用しても良いと思う。

村田→もうちょっと声を低くしても良いと思う。

男(だん)→もうちょっとその名前に忠実に生きたら良いと思う。

DJツジヒロ→そのままの君で実に良いと思う。おすすめ音楽教えて。

おりおり→発言するときは必ず手を挙げるしっかりもの。

しも→ヲタ友①。ザ・脱力系女子。

れい→ヲタ友②。声フェチ。

かっしー→ヲタ友③。逃げ足がはぐれメタルより速い。

長塚さん→ヲタ友④。左利き仲間。

しゅん→音楽友。詳しいので色々聞いてます。

みさこ→音楽友②。ロック好きなので話が合うと勝手に思っています。

じみー→こいつも音楽に詳しい。腰が低い。

よしりゅう→他人に自分を印象付けたい時は、こいつを真似したら良いと思うんだ。

先生→いつでも本気。

こんなメンバーが皆様の入会をお待ちしております。ね、あんまりみんな共通点ないから、結構だれでも溶け込めそうでしょ。こんな先輩で無事送り出してもらえるのかなー、まあいいか。ではではこの辺で。次は同期のUSKことゆーすけ。爆笑間違いなし。必見です。

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